●JAPANESE FILMS 日本映画
 
コミック雑誌なんかいらない!
●国内盤LD<G128F5032>
1986年6月21日
発売:ファイブ・エース、ジャパンネットワーキング/販売:ポニー

<日本公開オリジナル版>127分版収録
ビスタサイズ収録 チャプター無し
●デラックス版 国内盤DVD<PIBD-1035>
2001年12月21日 パイオニアLDC

<日本公開オリジナル版>127分版、<海外短縮版>120分19秒版両収録
※<日本公開オリジナル版>のみ収録の廉価盤DVDあり
・オリジナル・ネガからローコントラスト・ポジ・フィルムにニュープリントを起こし、
 撮影の志賀葉一氏監修のもとテレシネしたスクイーズ・ニューマスター仕様
・副音声に滝田洋二郎監督と岡田裕プロデューサーとの対談音声を収録
・DVD用撮り下ろしの内田裕也インタビュー映像(27分)収録(2001年9月18日収録)
・ニュープリントにより、オリジナル予告篇(3分)収録
・内田裕也DVDコレクション「水のないプール」「十階のモスキート」オリジナル予告篇収録
・解説書(4P)封入

1986年 ニュー・センチュリー・プロデューサーズ製作
内田裕也脚本・主演、滝田洋二郎監督作品

<日本公開オリジナル版>
本編エンディングクレジット終了後、黒画面のまま約3分程流れる内田裕也の主題歌も含む126分59秒版

<海外短縮版>
海外公開用にと7分短縮した120分19秒版
※同業レポーターとのSEXシーン(2分09秒)”<27分14秒〜29分22秒>、“日航機墜落現場(映画ではダイニチ航空)である御巣鷹山の取材シーン(4分32秒)”<97分23秒〜101分55秒>の2箇所がオリジナル・ネガよりカットされてしまう。

DVDに収録されているスクイーズ・ニューマスター仕様の本編はオリジナル・ネガから起こした120分19秒の<海外短縮版>となるがカットされた部分を、ビデオ・LD収録版として使用された株式会社ファイブ・エースが保有する1インチ・マスターから抜き出し、本編外の映像としてスクイーズ収録。
トップメニューからオリジナル・バージョンを選択すると、このカットされたシーンが本編に挿入された<日本公開オリジナル版>として見る事ができる。ただしカットされていたシーンは上記の理由で明らかに画像が劣る。
LDに収録されていた本編は上記1インチマスターを使用した<日本公開オリジナル版>のみとなるが、DVDは上記操作により<日本公開オリジナル版><海外短縮版>の両方ともに視聴が可能となる。

また、日本映画専門ch.にて2009年5月2日(土)HV放送されたものもカット無しの<日本公開オリジナル版>で実測127分05秒版となる。
発色が鮮やかでさすがにDVDよりも画質がよい。上記オリジナル・ネガよりカットされていた2箇所のシーンも1インチ・マスターから抜き出したDVD版ほどの画質差はない。もともとドキュメントタッチのざらついた映像なのでそれほど気にならないという所だが、1インチ・マスターよりも上位画質のものを使用したか、あるいは丁寧に画質調整を行った結果によるものだろう。

「アーティストとは常に創造していなければならない。」とオノ・ヨーコに言われた内田祐也。ヒット曲もなく作詞・作曲の能力もない内田祐也は憤慨し、ドアを蹴っ飛ばして出て行ったという。
内田裕也はこれをきっかけに創造力を発揮する場を愛していた映画に求め、のめりこんでいく。
ちなみに内田裕也の撮影中の口癖は“愛情ある照明よろしく”など“愛情ある〜”だった。

脇にいたるまでのビッグで多彩な出演者。日本ロック界の大御所内田裕也だからこそ作れた映画で、内田裕也自身“くたばった時に棺桶の中に入れてほしい”と語るほどお気に入りの作品である。

I can't speak fucking japanese!
日本国民に送る痛烈なメッセージ、時代が生んだ傑作。


自分自身の存在に疑問を持ちながらもワイドショーのレポーターを貪欲にこなす木滑(キナメリ)。
時としてジャーナリストの誇りに揺れる内田祐也演じる木滑のどうにもならない焦燥感とドロンとした演技がたまらない。
出演しているビートたけしも、あきらかに自作への影響を受けている。(演出手法的には内田裕也というよりも勝新の影響下にあるものだろうが。)

映画のタイトルは、日本のロックバンド頭脳警察(PANTA・パンタ)のセカンドアルバム収録の同名タイトル曲「コミック雑誌なんか要らない」より引用。
“俺にはコミック雑誌なんか要らない 俺のまわりは漫画だから”というコミックのようなバカげた現実社会を揶揄した曲で、映画のインスピレーションともなった曲。社会批判的なメッセージ色の強い曲だが、内田裕也はロックローラーとしてのプライドと自負で成り立っている自身の哲学として、このタイトル以外は考えられなかったと語っている。
内田祐也本人によるカバーバージョンも本編エンディングクレジット終了後、黒画面をバックに流れる。

監督は本作品が初の一般映画となる滝田洋二郎。
ピンク映画「連続暴姦」「真昼の切り裂き魔」「痴漢電車」シリーズを見た内田裕也が、この映画にはピンク映画の現場のパワーが必要と判断し直接、滝田洋二郎を電話で呼び出した。
下北沢のバーで会った滝田洋二郎は、いきなり「どういう内容の映画ですか?」と内田裕也に質問し、「バカ野郎!初対面の奴に内容を言えるほど甘くないんだ、この野郎!」と怒鳴られた。
ちなみに、内田裕也からの電話を受けた滝田洋二郎は直立不動の姿勢で受話器を握っていたとの事。
以降「撮影終わって一緒に飯食ってるようじゃ、いい映画は出来ないよ。」という内田裕也の言葉通り、映画制作にあたっては両者かなりぶつかり喧嘩もしたという。
内田祐也は何色にも染まっていない滝田洋二郎の未知の魅力に惹かれたと語っているが、ご存知のように滝田洋二郎は2008年の監督作品「おくりびと」で第81回米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞するという快挙を成し遂げる。
この事からも内田祐也の高いプロデュース能力、才能のある者を見抜く眼の確かさが改めて立証されている。

ジャケット写真は1985年PARCOのCM&ポスターに使われたもので、映画本編とはまったく関係ない。
ニューヨークのハドソン川で撮影されたが、感染症などの心配もありかなり危険な撮影だったという。
スーツを着たまま一生懸命泳いでいるが、一向に前に進まず流されているようにみえるシチュエーションは“昨日は、何時間 生きていましたか。”という名キャッチコピー(仲畑貴志)とともに強く記憶に残る。
これは内田裕也だからこそ絵になったもので、このコンセプトは後の矢沢永吉のサントリー缶コーヒーBOSSのCMなどにも少なからず影響を与えている。(2012.05.05)
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