第40回(2013.03.04更新)

「燃えよドラゴン」リーの父親の謎?
ロバート・クローズ監督が語る
THE MAKING OF ENTER THE DRAGON

「燃えよドラゴン」において、妹スー・リンの死因をリーに語る老人、Ho Lee Yan演じるOld Manは日本ではリーの父親と言われている。
しかし、英語原語では劇中の台詞に一切親子関係が示される表現がないため、実は父親ではない、とも指摘されている。

そこで今一度、妹スー・リンの死因をリーに語るシーン各バージョンの英語台詞、字幕を整理してみた。

−But now the time has come to tell you something very difficult.(オリジナル英語)
−今こそ この話をする時が来たようだ(日本語字幕)
−今だから話すが、実は今までお前に知らせずにおいた事があってな(富山敬版日本語)
−息子よ、今やっとお前にうちあける時がやってきたようだ(谷口節版日本語)
−It's a dangerous undertaking I know. Your're really accepting the invitation?(香港Universe laser & Video版DVD英語字幕)
−かなり危険な任務だ 本当に武術大会に出るのか?(香港Universe laser & Video版DVD日本語字幕)


−I was in the city with your sister at that time.(オリジナル英語)
−私は町に行った お前の妹も一緒にな(日本語字幕)
−その時、わしはお前の妹のランと一緒に町にいた(富山敬版日本語)
−あの時、妹のスー・リンを連れて町に行っていたのだ(谷口節版日本語)
−I was in the city with your sisiter.(香港Universe laser & Video版DVD英語字幕)
−私とお前の姉(※)は 町にやって来た(香港Universe laser & Video版DVD日本語字幕)


−When you get to the city... pay your respects to your sister and your mother.(オリジナル英語)
−お前の母親と妹の墓にお参りしてくれ(日本語字幕)
−町へ出たら必ず母さんと妹の墓参りをしておくんだぞ(谷口節版日本語)
−だから、もしできたらこの機会にお前に妹のランの仇を討ってやってもらいたいのだ(富山敬版日本語)
−When you get the city. But sure to look up her grave.(香港Universe laser & Video版DVD英語字幕)
−町へ着いたら 母親と姉(※)の墓参りに立ち寄ってほしい(香港Universe laser & Video版DVD日本語字幕)


−I will, old man.(オリジナル英語)
−必ず(日本語字幕)
−必ず行きます(谷口節版日本語)
−わかりました(富山敬版日本語)
−I will.(香港Universe laser & Video版DVD英語字幕)
−はい 必ず(香港Universe laser & Video版DVD日本語字幕)


さらにエンディングクレジットには役名「Old Man」と表記される。

これらの台詞、字幕を見ると谷口節版日本語吹替以外は、父親・息子というはっきりした表現はない。
※香港Universe laser & Video版DVD収録の日本語字幕にはスー・リンは姉との表記が見られるがこちらは誤訳と思われる。<→詳細はこちら

本編中、墓前でリーはこれから自分がやろうとしている事は教えに反するが、それでも行かなければならないと許しを請うシーンがあるが、もしOld Manがリーの父親だとしたら、そのような話を一切しないのはストーリー的に疑問が残る。
また、個人的な意見ではあるが、あの超人的なリーの父親の割にはOld Manはあまりにも頼りなく感じる。
少林寺の修行のために家をでていたリーの代わりにスー・リンの世話をみていた親戚、あるいはリー兄妹の育ての親のような存在とみた方が納得がいくのではないか。

冒頭の少林寺を訪れたブレイスウェイトをもてなすためにお茶を入れた老人に対するリーのお辞儀などをみても、少林寺のOld Man(熟練者、親方)のような存在ともみえる。

ただその場合の大きな問題としては、父親の存在が謎となってしまう事だが、1987年にロバート・クローズ監督によって書かれたメイキング本「“燃えよドラゴン完全ガイド”THE MAKING OF ENTER THE DRAGON」(50ページ目)に興味をひく記述があった。
両親の墓参りをし、自分がやろうとしていることを説明する墓地のシーンで”というものである。

「燃えよドラゴン」の脚本はマイケル・オーリンによるものとされているが、ブルースはカンフーの背景にある哲学が脚本でどう描かれるか、中国人コミュニティの中で自分の立場を下落させる可能性のある台詞がないか、常に気を使い、現場にいたオーリンにたびたび脚本の手直しを要求。ついに二人の関係は撮影初期段階で決裂する。
ブルースはオーリンを撮影現場から追い出し、クローズ監督とともに脚本の検討や手直し、新しいアイデアの話し合いを続けたという。(実際に「鏡の部屋」のシーンはクローズ監督とその妻アンが考えだしたもの)

大まかな設定はあるものの、台詞や設定は常に流動的で即興で決められていた可能性が高く、当初の設定ではリーの両親はすでに死去していたとも推測できる。(ちなみに本書によるとやはりスー・リンは妹との事。)
墓参りのシーンを確認すると、

●オリジナル原語(英語)
You will not agree with what I am going to do.
It is contrary to all that you have taught me…
and all that Su Lin believed.
I must leave.
Please try to find a way to forgive me.


●香港Universe laser & Video版DVD英語字幕
If you were still alive.
You wouldn't allow me to do it.
I wish I'm doing the right thing.
Forgive me.


●香港Universe laser & Video版DVD日本語字幕
生きていたら―
きっと反対するでしょう
どうか私を―
お許し下さい


となり、母親とは一言も言っていない。Youには複数の意味があり、両親の事を言っているのかもしれないのだ。
※ただし、その前のリーとOld Manの会話のシーンで、Old Manはリーにyour sister and your mother.と言っているのが謎とはなるが。

あくまでも推測だが、妹の死によって本当の天涯孤独になってしまったリー。この境遇こそが、教えに反しても妹の仇を討つリーの決意に説得力をもたせるためのもの、だったのではないだろうか。

それでもアメリカのテレビドラマなどでは、くだけた言い方で父親の事をOld Manと呼ぶケースが多々あり、完全に父親の扱いになっている谷口節版日本語吹替音声で観てもそれほどの違和感は無く、父親の可能性も捨てきれない。

リーはもとよりロバート・クローズ監督も(1997年2月4日死去)帰らぬ人となってしまった今、真相は闇の中。
だが、逆に、劇中のリーの生い立ちや過去は謎のままの方が神秘的でよいのではないだろうか。

それこそ伝説の男にふさわしい。

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ブルース・リーの
燃えよドラゴン
完全ガイド
THE MAKING OF ENTER THE DRAGON
ロバート・クローズ著
奥田祐士訳
1996年4月25日初版第一刷
白夜書房
(原書1987年6月発行)

  「燃えよドラゴン」撮影中のブルースは、ロバート・クローズ監督とブルースの妻リンダ、このふたりの人間しか信用していなかったといわれている。
そのひとりであるクローズ監督が未公開写真とともに発表した貴重なメイキング本となる。
リーとオハラ(ボブ・ウォール)の闘いで、撮影中ボブ・ウォールが割れたボトルを離さなかったため、リーが指に12針も縫う大怪我をした事は有名な話だが、その怪我をした時のコマ写真も掲載されている。

●ローパー役のジョン・サクソンは、映画の格を上げるために自分がオファーされたという態度で放漫だったが、ブルースとは親しい友人になったという。
相手によって態度を変えていたのではないかと思われるが、他の俳優(主にジム・ケリー)の台詞を自分のものにしようと脚本の手直しをうるさく要求してきたとの事。(ウィリアムズ役のジム・ケリーを映画途中で殺す設定に変更したのもサクソンの仕業)
だが、堪忍袋の緒が切れたクローズ監督に「きみなんかいなくてもかまわない、お払い箱にするぞ」と一喝され、それ以降急におとなしくなったという。(サクソンの人柄が垣間みえて、ちょっとかわいい)

●ウィリアムズ役は、当初ロックネ・ターキントンという俳優が演じる予定だったが、何かが気に入らなかったとかで降板。急遽ジム・ケリーがキャスティングされた。
ロックネ・ターキントンは当時も今もまったくの無名だが、後世に名を残す傑作に出演できていたチャンスを棒にふるとは。なんとも不運。

●ほとんど知られていないが、ブルース・リーは目が悪かった。家では眼鏡をかけ、人前ではコンタクト・レンズをしていた。ブルースがコンタクト・レンズを落とし、スタントマンや俳優たちがスタジオ中をうずくまって探す事もあったという。

●香港主演作でのブルースの(親指で鼻の上をすべらせるような)「妙な格好づけ」をなくさせ、国際的なスターにするための演出を施したのは他ならないクローズ監督であった。
「燃えよドラゴン」が日本以外のアジアで思いのほかヒットしなかった理由は、この西洋人化したリーには共感しなかったからだといわれているが、逆に日本をはじめ世界では押しも押されぬ大スターとなった。
個人的には、香港主演作のうち「ドラゴンへの道」がもっとも「妙な格好づけ」がでている作品だと思うが、香港映画と大きく違うスマートなブルース・リーが見られるという点でもクローズ監督の功績は大きい。

●「燃えよドラゴン」のメイキングフィルムはヘンリー・ウォンによって、実は5時間分撮影されていた。だが約10分に編集された後、残念な事に残りのフィルムはすべて破棄されてしまった。
香港MEGASTAR盤VCD<MS/VCD/010/97>に収録されているリバイバル時の別オープニング映像などがその残されたものの一部となる。

●ワーナー・ブラザースは最初「燃えよドラゴン」を子ども映画あつかいにしていたが、ほぼ完成した映画の試写を観て、その出来栄えに驚き、音楽とプロモーションに追加予算が投入される事となった。そしてあのご存知ラロ・シフリンの名曲が生まれる事となる。
さらにブルース・リーには、当時としては破格の100万ドルで次回作のオファーをだすつもりでいた。

しかし、その約6週間後の1973年7月20日、ブルース・リーは帰らぬ人となってしまった。
ブルースは映画の成功を確信していたが、この映画が世界的に大ヒットしブルース・リーの名が世界に響き渡った事を知らずして逝ってしまったのだ。
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